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理事長挨拶

当法人は、人が嫌がってやらないことを率先して行なうという事が、最大のポリシーです。言葉だけではなく実践することが重要と考えております。

私は、非常に幸運なことに、多くの良き師に巡り会うことができました。今現在の私をつくってくださったのは、その方々のおかげと思っております。

小学時代には、元名古屋市教育委員会委員長 故 赤堀法祐先生の薫陶を受け育ちました。物事を的確にとらえること、自分に被って嫌なことは人にしないこと、自分の個性を伸ばすこと、自分の能力を常に発展させる様に努力すること、などを教えられました。

医師になってからは、元名古屋第一赤十字病院院長 故 田代勝州先生に教えられました。『医師は一人でも患者さんがいれば、その人から多くのことが学べる。』という言葉が印象的です。

国立がんセンター時代には、元国立がんセンター総長、現済生会中央病院院長末舛恵一先生から、『医者、芸者、役者、顧客がなければ、ただの人。』と教えられ、元国立がんセンター院長市川平三郎先生、元栃木がんセンター院長 小山靖夫先生、故 佐野量造先生、元防衛医大学長尾形利郎先生など、きらめく御高名の先生方に医療のみならず、真実の捉え方、物の洞察の仕方などを学びました。

外科学を究めるがんセンターレジデントを終了した時、真の意味で医師の力量を試させられるのは、地域医療と、救急医療にあり。と、考えました。すなわち、予約入院された患者さんについて急いで勉強するには、一晩あればカバーできます。救急で担ぎ込まれた、目の前の患者さんを救えるか、救えないかは担当した医師の力量により、そこには言い訳の余地はありません。名古屋掖済会病院元院長故 太田元次先生には、この頃より大変お世話になりました。

何の因縁もない、この丹羽郡大口町に医療の礎を築いたのも、たまたまこの地が、『甚だ医療過疎の区域で、特に土日には無医村となる。』との情報を受けたからです。診療所を建て、文字どおり不眠不休で働いたために、今日の病院があります。長期化する疾病の特異性により、家族の訴えから今の老人保健施設さくら荘を作りました。病院でも老人保健施設でも収容できない患者さんの存在に気付き、今の療養病床を併設しました。常にこの法人を発展させてくれたのは、患者さんと、患者さんの御家族のニーズによります。当法人は、今よりさらにクオリティーをあげ、ありとあらゆるニーズに対応できる様な組織作りに励んでおります。最終目標は、『ゆりかごから墓場まで』と言われるようにNICUからホスピスまでの建設を目指して、日夜努力をしております。

我こそはと、このポリシーに同意してくださる方は、是非集まってください。宜しくお願いします。

小林 勝正KATSUMASA KOBAYASHI
  • 名古屋市立大学医学部卒業
  • 名古屋第一赤十字病院外科医員
  • 国立がんセンター病院外科
  • 名古屋大学大学院 医学博士学位取得
  • 名古屋掖済会病院外科
  • 名鉄病院
    中濃病院外科医長・皮膚科泌尿器科部長
  • 大口外科クリニックを開設
  • さくら総合病院に名称変更
  • ロータス在宅専門クリニック院長

院長挨拶

私が病院の責任者に着任してから、2回目の正月を迎えた。慣れない管理業務を多くの患者さんと多くの職員に支えられながら、この1年大過なく過ぎ去った。この1年は組織構築元年であった。まだまだ未熟な当院が飛躍を前に助走するために後ろ向きに歩を進めた一年であった。病院の管理・運営において錆を落とすところから始まった。当院の方向性は開院当初よりぶれることなく、また現在においても全く修正の必要のないプライドの根本となっている。しかし、このプライドを職員みんなが実感するには、管理体制・教育体制の未熟さが指摘されている。このインフラ構築を進めるためにも、各部署の人員増強に投資してきた。このような投資はより多くの患者さんや地域の方々に当院を信頼してご利用いただくのに必要なプロセスであり、避けては通れないものである。民間企業である以上は、税金からの補助や経営母体からのサポートがあるわけではないため、この投資による成果はあまり先であってはならず、患者さんや地域の方の評価評判がとても重要である。当院の評価を得ていくには、さらなる各職員の努力が求められる。逆に、800人以上の職員からなる法人ゆえ、各職員が1歩患者さんに歩み寄れば、全体で800歩も前に進むことになる。この意識改革こそが病院の今後を造り上げていく。昨年、我々に与えられた重要な任務の一つに熊本地震での災害医療救援隊の派遣があった。900km離れた熊本県阿蘇地方では我々にできることはないのではないか、と当初は考えた。しかしながら、2度に渡る震度7によって、より脆弱化した家屋は余震で耐えられる保証がなく、避難所生活が長期化していた。またゴールデンウィークまでは時間があったため、医療ボランティアが十分でない可能性が考えられた。そこで当院から私を含めた9人でドクターカー2台に分乗して6日間の行程で出動した。13時間かけてたどり着いた阿蘇医療センターでは、医療スタッフは明らかに足りなかった。長期化した避難所では多くの高齢者が集団生活を送っており、抵抗力や体力が低下した高齢者に感染症が発生すれば、集団発生の懸念がある。被災地の医療の需給バランスはギリギリになっており、傷病者の集団発生は被災地の医療が一気に破綻し、「防ぎ得た死(preventable death)」を招きかねない。従って、被災地の感染管理は重要な課題である。阿蘇に入った我々は、この重要な任務を担う感染管理チームの立ち上げに参入する形となった。

災害後のこの時期では最も重要な任務であり、派遣隊員全員の知力を結集して任務の遂行にあたった。この派遣隊員が活動するには、多くの当院職員のサポートがあった。派遣の準備、予約患者さんの診療予約変更、派遣期間中の院内業務の滞りない遂行、派遣後の隊員への労いなど、多くの職員の存在はこの活動に不可欠であった。この派遣は、単純に派遣隊員の活動にとどまることなく、多くの職員が一緒になってなし得たものであり、職員全体の活動なのであった。病院のこのような活動は、理念である、「安心安全な医療・療養環境の提供」に基づいている。遠方とはいえ、「安心安全な医療・療養環境」を著しく損ねた状態に対して、病院を挙げて手を差し伸べる、これは理事長の創設した当法人の創業当初からの「人が嫌がってやらないことを率先してやる」という精神から生まれたものである。このような当院の揺るぎない理念と信念の元に人が集い、人が学び、人が勤しめば、病院が多くの人々から慕われ、信頼されるべく発展していくと信じて疑わない。このような病院で働く仲間が皆、プライドをもって、ここで働いていてよかった、ずっと働いていたい、そう思われるような病院にする。これこそが私の任務であり、審念熟慮して舵を切って行かなくては、と心に刻む新年である。

小林 豊Yutaka Kobayashi
  • 麻布中学校・麻布高等学校卒業
  • 千葉大学医学部卒業
  • 千葉大学医学部大学院卒業
  • 国立がんセンター中央病院外科レジデント・がん専門修練医修了
  • 船橋市立医療センター外科医長
  • さくら総合病院副院長・外科部長

名誉院長挨拶

社会保障改革に対する有識者検討会(国民会議)が2010年に設置され、医療、介護、福祉分野での改革案が本年8月に報告書としてまとめられた。その報告書によれば、『平均寿命が80歳を超える社会では、慢性疾患による受療が多く、複数の疾病を抱えるなどの特徴を持つ老齢期の患者が中心になる。そうした時代の医療は病気と共存しながらQOL(Quality of Life)の維持、向上を目指す医療となる。すなわち医療はかっての「病院完結型」から患者の住み慣れた地域や自宅での生活のための医療、地域全体で治し、支える「地域完結型」の医療、実のところ医療と介護、さらには住まいや自立した生活の支援までもが切れ目なく繋がる医療に変わらざるを得ない。』と述べている。

さて、当院さくら総合病院は院長の小林勝正先生が東京の国立がんセンターのレジデントとして研鑽され、消化器外科専門医として名古屋に戻り、現在の地に救急と外科医療を対象とした12床の大口外科クリニックを開業した。その後30年「断らない医療」を掲げ、地域から求められるニーズに従い、増改築を繰り返し、現在のさくら総合病院とさくら総合福祉センターを開設した。前者は391床を有する地域の中核病院に発展し、医療体制のセンター化が進められつつある。「救急医療センター」から始まり、脊椎脊髄医療を中心とした「脳卒中脊椎脊髄センター」、「消化器病センター」、「循環器センター」、そして「デンタルセンター」、さらに「総合リハビリテーションセンター」「PMIセンター」が構築されている。これらのセンターは何れも最前線の高度医療を行い、専門病院として特徴ある医療を提供している。一方、後者は118床の老人保健施設「さくら荘」、300室の住宅型有料老人ホーム「太郎と花子」を中心に質の高い施設介護、福祉事業を進め、訪問看護ステーション、ヘルパーステーション、居宅介護支援事業所として「あすかビレッジ」が地域の在宅看護、介護を支援している。

そこで医仁会さくら総合病院は、今後、社会が求める「地域完結型」の医療・介護そして生活サービスをこれまで以上に支援できる体制の構築を目指している。そのために「病院の組織化」と「医療・介護・福祉の連携」の2つの改革を進めている。病院では職種間の垣根を越えたチーム医療を構築、充実させるため、多職種の委員によって組織される5つの委員会(広報、地域・外来、学術・教育、医療、管理)と3つの部会(看護、事務、総合)、そして必要に応じて小委員会(医療安全管理委員会、感染対策委員会等)を立ち上げ、問題点を整理、検討し、新しい展開を進めている。その上で、本年4月より病院の管理運営を職員中心に移行しつつある。最後になりましたが、地域住民の皆様、そして医療、看護、福祉の関係者の方々には常日頃、大変お世話になっています。さくら総合病院は皆様と共に変わっていきます。今後共、ご協力ご支援よろしくお願いします。

吉田 純JUN YOSHIDA
  • 名古屋大学医学部 卒業
  • ニューヨーク大学医療センター留学
  • 名古屋大学脳神経外科教授
  • 名古屋大学名誉教授
  • 国立病院機構東名古屋病院前院長、同リハビリテーション学院校長
  • 独立行政法人労働健康福祉機構 中部労災病院前院長
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